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ご飯を増やせよ

 お、お○○だ。果てしないお○○やもしれぬ。

吉野家が肉と米のバランスを変更。
http://www.youtube.com/watch?v=v1tPEyAf190

 動画へのリンクは初めてかもしれません。いや~しかし、もうダメかもしれん。予想が当たれば吉野家がダメ、予想が外れれば私がダメです。

 吉野家は米を減らして肉を増やすとのこと。差し引くと1杯の量としては減るみたいです。私、前々から感じていたのですが、牛丼屋さんのご飯って少ないような気がします。特に「特盛」は、吉野家・すき家共にご飯の量が大盛と同じです。(松屋の特盛はご飯も特盛になる。) なぜ?ある程度お肉が満たされれば、次に求めるのは、それ以上の肉よりお腹一杯になることでしょう?

 今、大衆が外食産業に求めているのは、お腹一杯食べることじゃないでしょうか。大衆の食生活は、それくらい追いつめられているように思います。この瞬間に主食であるご飯を減らすことが本当に支持を得るのかどうか…?関係者には悪いと思いつつ非常に興味深い。

 思えば牛鍋丼も効率の点からは「?」なところがありました。食器や肉を分けることに、いったい何の意味があるというのか?ちょっとした読みの間違い・バランスの変化で、余計な無駄が生まれてしまういわば「構造問題」を抱えることとなりました。でもそれでも、ブランドの維持とか、値下げできない苦しみを理解できる面があり、勝手に斟酌して、心の隅で整理ができていたのです。「どうせ無駄が発生するなら、全く別のメニューを用意しろよ」という声が上がらないのは、この斟酌が大きいように思います。

 ところが何でしょう、これは。何やら汚らしい底意を無意識に感じてしまいます。何でしょう?要するにお腹が一杯にならないと、他に追加で注文するかのような雰囲気がありますよね?それを期待・狙っているのでは?と、そっと勘繰ってしまうのです。庶民はですね、相手がむしり取るような意図を感じると、途端に冷たく接するようになります。これは15年来の実質不況で会得した生活の知恵です。

 いっぱしの大人であれば、サイドメニューが暴利を生み出すというのは知り及んでいます。なので、サイドメニューへの誘導意識を肌で感じるだけで、「癪」を刺激することになりかねません。吉野家上層部がこれを見えなくなっているとしたら、本格的に危ないような気がします。(危ないのは吉野家か私か…?どっちにしても嬉しくない。)

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